今年も頑張ってみますか…?

人生80年と言って、寿命が伸びた・伸びたと騒いで?ますが、単に長生きしただけでは面白くないと思うのは私だけなのでしょうか。
 歳を重ねるにしたがい、1年という時が過ぎ去る時間がだんだん短く感じる・・・と、良く年配の方から聞きます。
 そして、誰もが一様に言うところからして、それは真実なのだろう。
 自分自身も、少しずつだが確実に1年が短く感じられるような年頃?になってきたと思う今日この頃である。

 高校時代、確か2年生の時だったと思うが、突然に先生から「2年生全員は、体育館へ集合のこと」と呼び出されたことがある。
 「こりゃ、また誰かが事件でも起こして、大いなるお説教でも聞かされるんかなあ」と、ビクビクしながら体育館へ向った。
 そこで、座らされて聞かされた話ってのは、お説教じゃなかった。
 「科学ってのは、先人の知識経験を土台にして積み上げる事ができる」
 「でも、人間は、いつの時代でも知識ゼロから生まれ、1から学んで行かないといけない」
 「どんどん積み上げられた科学と、人間が同じレベルにいないと、科学の奴隷になるだろう」
 「それには、どうしたら良い?」
 「学ぶ速さを上げるしかないネェ」
 こんな話を聞かされた。
 また、別の時に、人間はひょうたんのように生きなきゃあ・・・と教えられた。
 いつも緊張してると、切れてしまうよ。
 絞める時は絞める・・・でも、ひょうたんが絞まっているのは一ヶ所だけじゃ。

 高校の時に教わった、こんな授業?とも言えない授業がいまも鮮明に記憶に残っている。
 もっとも、細かな事はもうすっかり記憶の外ではあるけれど。
 他にも、私の人生の上で、いろいろと勉強になった事柄や書物にも出会っている。
 ここ最近、正月には1年間の目標を立てるようにしている。
 具体的な目標が立つ事もあるけれど、だいたいが漠然としたものだけどネ。
 人生80年と言っても、すべての人が80年生きられる保証なんてどこにもない。
 いや、たとえ80年生きられるとしても、その80分の1をおろそかにボーッと過ごす事なんてもったいない。
 仕事に追われて終わるのもイヤである。
 自分のために使える時間を確保し、その中で自分のために充実した時を過ごしてみたいだけである。
 結果的に、他の人からみて「それは仕事だ!」と言われても、本人が充実して満足していればそれで良い事だとも思う。
 目標を立てて、やってみる。
 やってみなければ、出来るかどうかは分からない。
 やる前から結論など出したくない。
 やってみて、出来なかったって、それは自分のためにやってみた事なんだから誰からも責められる事なんかない。
 第一、どんな目標を立てたか公表していないんだから・・・・。

 今年も新しい年がやってきた。
 気持ちも新しくして、さて、どんな目標を立てようか。
 実は、もう考えてある。
 誰にも言わないけど・・・。
 今年は、昨年にも増して楽しい1年になるだろう。
 日本経済は、まだまだ厳しい冬の時代から抜け出せないでいるけど、私の気持ちは新しく、これから一つ一つ目標に向って歩み出すのだ。