小さいことが大事だったりする

 「21世紀は心の時代」などと言われ、20世紀末の住み難くなった世の中を脱却していく手だてを「心」に求めた言葉なのだろう。身近に感じるような犯罪が増え、TVやラジオ新聞で報道される事件も、ごく普通の人が何気ない顔で極悪なことを行う。理由なき殺人や横領、金銭から起きるトラブル、力の弱い子供をターゲットにした犯罪・・・挙げたらきりがない。

 人間の孤独化が進み、家庭や地域の連帯力が弱まっている…。自分の身は自分で守らなければならない知恵を身につけなければならない時代が到来したのであろうか。なぜ、こんな住み難い世の中・社会になってきたのだろう?。社会的常識・通念は、皆が安心して暮らせる住みやすい世の中を作るためのものだと思う。人を傷つけたり、自分の欲望を満たすために他人を犠牲にすることは良くない。貴方が、私が、住みやすい世の中・社会であるように・・・そのための知恵は何処に行ってしまったのであろうか。

 「21世紀は心の時代だ」と声高に叫んでみたって、具体的な策がなければ絵に描いた餅であろう。じゃあ、どうすれば良いのだ?。世の中に起きてくるいろんな事件を、片っ端から警察が調査して犯人を捕まえれば良いのだろうか?。たぶん、それは無理だろうなあ。警察にだって限界がある。全国で起きる事件すべてを警察が取り締まれる訳もないだろう。
 たぶん、数例の事件を追いかけて犯人を逮捕するのが精一杯かも。しかし、それがマスコミによって報道される。それによって、同じような事件が起きることが抑制される。「やっても捕まる」、「逃げ果せることは出来ない」というのが、犯罪発生の大きな抑制力になっているのだと思う。

 横領にしても、詐欺にしても、殺人にしても、必ず捕まるという結果が犯罪発生を抑えることは知られている。それがたった、一例であっても。犯人・容疑者がもっとも恐れるのが、逮捕されるということなのである。そしてその事は、小さな犯罪においても同じなのだ。万引き、ひったくり、かつあげ・・・詐欺や殺人から比べれば軽い犯罪かもしれない。でも、それをやれば必ず捕まるとなれば、誰もスキ好んでやらなくなるだろう。

 そう、大きい事件ばかり追わずに、小さくて身近な事件を根絶すること・・・これが大事なんです。市民の通報でこまめに動く警察でなければならないのです。犯罪も小さい時に芽をつみ取り、呼べば直ぐにくる警察は庶民の信用も得ることでしょう。って、別に警察のことをここで話する予定ではなかったのですが(笑)。

 誰かが空き地に、1つの空き缶を捨てる。それを放置しておくと、次に誰かがまた空き缶をそこに捨てる。誰も片づけないと、次は家のゴミを捨てる。それが山となってくると、家電や粗大ゴミが捨てられる・・・そしてついにその空き地はゴミ捨て場となってしまうでしょう。
 最初の1つの空き缶を放置した結果です。いえ、誰かが片づけるだろうという他人への依存がそういう結果を呼び込んでしまったと言えるかもしれません。似た例が、墓地にある空いたスペースにも見られますね。