閻魔大王−閻魔さんを知らない人はいないぐらい有名です。 まあ、最近の若者は分からないけど。 ところで、それほど有名なのだが、驚くほど私たちは閻魔さんの事を知らない。 怒った顔をした地獄の番人ぐらい程度の知識しかない。 でも、閻魔さんは本当は心優しいお方である。 「ウソをつけば、閻魔さんに舌を抜かれますよ」と、子どもの頃、閻魔さんは恐いものだと教わってきた。 でも、あれは子どもたちにウソをついてはいけないと教えるための作り話で、「閻魔さんに舌を抜かれる」という発言そのものがウソなのだ。 本当に舌を抜かれるのであれば、それを言った大人たちの方が先に舌を抜かれる筈で す。 まあ、それはともかく、閻魔さんの出身地はインドである。 インドにおいて、閻魔さんの元の名前は〃ヤマ〃と言った。 その〃ヤマ〃が、中国で「閻魔」と訳されたのである。 閻魔さんは、人類最初の死者である。 だから彼は、天界に行き着くために、前人未踏の道を歩まねばならなかった。 苦労して、ヤマが辿り着いた天界は、光と音楽の楽園であった。 まさに、そこは天国(極楽)であったのだ。 ヤマは、その天国の第一発見者でったから、彼はそこの王となった。 ところが、後に多くの死者が天国にやって来て、天国も窮屈になったのである。 それに、中には天国に来るにふさわしくない悪人もいる。 そこでヤマは、そうした悪人を収容するために地下に牢獄を作り、その牢獄の管理人になったのである。 その地下の牢獄が「地獄」である。 ヤマは、仏教と共にインドから中国に渡り、そして日本にやって来た。 しかし、日本人に知られたヤマ(閻魔さん)は、地獄の支配者としての面だけである。 天国・天界の主としてのヤマは、日本人の間では知られていない。 いささか気の毒な気がする。 本来のヤマは、地獄の主ではなく天国の主なのです。 そして、閻魔さんには大きな一つの仕事がある。 死者の行き先に天国と地獄があるのだから、死者をどちらに行かせるか、それを判定する仕事が必要になってくる。 ご苦労な事に、その仕事を閻魔さんは引き受けておられるのだ。 つまり、死者の裁判官の仕事である。 わが国においての閻魔さんの仕事は、むしろこの裁判官の仕事が中心になっているようだ。 閻魔さんの法廷には水晶の鏡があって、それに死者の生前の悪業がすべて映し出される仕掛けになっている。 閻魔さんは、閻魔帳とその水晶玉を使って死者を裁かれるのである。 そんな風に言い伝えられてきた。 ところで、その裁判官としての閻魔さんであるが、どうやらダメ裁判官らしい。 例えば、閻魔さんの部下である赤鬼・青鬼が地上に行って死者を連れて帰ってくる。 ところが、赤鬼・青鬼はときどき人違いをするのである。 ひどい場合には、本人から賄賂をもらって間違えたフリをして同姓同名の別人を連れてきたりする。 これは閻魔さんの監督不行き届きである。 それに、閻魔さんはお地蔵さんの権威に弱い。 お地蔵さんは、しばしば閻魔の法廷にやって来られる。 そして、死者の生前の悪事の数々が水晶に映し出されるのをじっと見ておられる。 その内、その悪人が生前にフトした機会にお地蔵さんを拝んだ事が分かると…。 お地蔵さんは、「この罪人は、私が貰い受けますよ…」と言って、彼を生き返らせたり、あるいはお浄土に連れて行かれるのである。 閻魔さんは、決してお地蔵さんに反抗しない。 いつも、「どうぞ、どうぞ」と罪人をお地蔵さんに引き渡されるのだ。 なんだか権威のない閻魔さんである。 私たちは、閻魔さんはおっかない存在だと聞かされてきた。 でも本当は、閻魔さんは優しいのである。 私たち人間が、間違って罪を犯しているのを閻魔さんはいつも涙を浮かべながら見ておられるのだ。 そして出来れば、私たちをお地蔵さんに預けたいと思っておられる。 閻魔さんは、そんな心の優しいお方なのだ。 いや、一説によると、閻魔さんはお地蔵さんの変化身だという。 お地蔵さんが、わがままな人間どもを叱るために恐い閻魔さんの姿をとられたのだそうだ。 そう言われると納得できる。 閻魔さんは、表面は恐いけど親しみ深い存在なのだと。 まるで父親みたいである。 |