昔ばなしの受け売り───娘を想う母の愛情

 昔、朝日長者という村一番の金持ちがいました。
 その家は早起きで、三番鶏が“コケコッコー”と鳴くと、長者どんもおかみさんも婿どんも一斉に起きて仕事をするのでした。
 ある日、同じ村の美しい娘が、長者どんに
 「嫁にきて下され」
と言われました。
 両親は、大切に育てた娘だが長者の家なら安心だ───と娘を嫁にやりました。
 けれども、早起きの事を知らない嫁さまは、毎日朝までぐっすり眠っていました。
 おかみさんが、ある日しぶい顔で
 「我が家は、代々早起きして一仕事するのがしきたりじゃ。
 お前のように朝寝坊ばかりしておるようじゃ、嫁として勤まりますまい。
 里に帰ってきなさい」
と言いました。
 泣く泣く帰って来た嫁さまは、
 「私は早起きなんて出来ない。
 もういやじゃ 」
 母さまは、とても辛そうな顔をしました。
 「ごめんよ。
 お前の朝寝坊は、この母さまの責任じゃ。
 娘の時にゆっくり寝かせておいた母が悪かった」
と娘をなだめて、長者どんの家に帰しました。
 その夜、嫁さまは朝起きられるのか心配で、なかなか眠れませんでした。
 うとうとし始めた時です………。
 “チ〜ン、チ〜ン”と、どこからか美しい鐘の音が聞こえ、ハッと目を醒ましました。
 すると、“コケコッコー”と三番鶏が鳴きました。
 嫁さまは急いで起き上がると嬉しくなって、その朝は人一倍働きました。
 次の日も、また次の日も三番鶏が鳴く前に“チ〜ン、チ〜ン”と鐘の音が鳴りました。
 そのお陰で嫁さまは、一度も朝寝坊することなく家族と共に目を覚まし、ひと働きすることが出来ました。
 おかみさんも見直して、嫁さまをたいそう可愛がるようになりました。
 その年の凍りつくような寒い朝でした。
 「峠で女の人が死んでいるぞ〜」
という声が聞こえてきました。
 嫁さまは胸騒ぎがして、走っていくと
 「ああっ  母さま」
 手に打ち鐘らしをしっかり握った、娘の母さまでした。
 娘は、母親を抱いて涙にくれました。
※河口豊氏投稿