萬代亀鏡録

奥聖鑑抜萃・2 (仏性院日奥)

追ってこの連署に於いては法灯相続の善巧、令法久住の秘術、広宣流布の洪基なり。
よって後々末代に至っても当寺の衆徒たる人はことごとく加判致すべし。
もしその儀無き輩は全く衆分に入るべからず。
御堂出仕ならび供養等の儀堅くこれを除くべきものなり。

圓乗院日柔 在判   本行院日利 在判   教主院日昌 在判
実成院日仗 在判   真乗院日城 在判   圓頓院日城 在判
宝泉院日仁 在判   大恩坊日恩 在判   吉祥坊日正 在判
南柳坊日純 在判   本立坊日要 在判   霊鷲坊日匠 在判
慧性院日遊 在判   実教坊日慶 在判   妙泉坊日妙 在判
正乗坊日存 在判   正行坊日亮 在判   成林坊日秀 在判
大教坊日全 在判   正立坊日欽 在判   善光坊日宣 在判
尊要坊日恩 在判   不二院日法 在判   金照坊日由 在判
常圓坊日命 在判   善照坊日政 在判   玉泉坊日定 在判
住善院日定 在判   安国院日習 在判   観行坊日慈 在判
立正坊日映 在判   実蔵坊日由 在判   妙音坊日秀 在判
本性坊日栄 在判   了縁坊日仰 在判   一乗坊日玖 在判
正蔵坊日命 在判   観乗坊日誕 在判   蓮乗坊日宝 在判
圭林日超  在判   十如坊日愍 在判   英伝日賢  在判
宝泉坊日ム 在判   林加日帰  在判   了春日正  在判
教圓日授  在判   三夙日養  在判   林性日龍  在判
南浦日祐  在判   三哲日進  在判   恕柳日性  在判
覚林日長  在判   長伝日宝  在判   学林日忠  在判
教真日章  在判   栄春日明  在判   専正日扇  在判
慧堪日達  在判   玄浦日領  在判   利舜日慈  在判
玄理日唱  在判   慧精日演  在判   慈舜日勢  在判
山?日台  在判   智英日英  在判   意全日全  在判
是勝日慈  在判   賢智日真  在判   了圓日猛  在判
清純日教  在判   寿圓日泉  在判   忠英日忠  在判
慈雲日義  在判   賢設日林  在判   正運日信  在判
慈淵日昇  在判   英賢日理  在判   圓教坊日膳 在判
玉住坊日受 在判   本授坊日圓 在判   正圓坊日与 在判
圓立坊日承 在判   広演院日容 在判   受政日感  在判
尭圓日以  在判   清甫日勤  在判   智舜日詠  在判
蔵林坊日慧 在判   秀覚日示  在判   龍雲日精  在判
泰舜日与  在判   玄英日忠  在判   景山日珠  在判
真慶日立  在判   春清日忠  在判   文?日好  在判
林清日閑  在判   寿賢坊日運 在判   城国院日鳳 在判
寿慶日正  在判   文政日喜  在判   栄哲日運  在判
柳山日陽  在判   兵部郷日理 在判   学養日春  在判
玄哲日宝  在判   守信日勧  在判   如覚日慧  在判
文亀日忍  在判   秀鏡日了  在判   運節日乗  在判
玄海日声  在判   本光院日通 在判   舜哲日勝  在判
立真日立  在判   本行院日雄 在判   意圓日珠  在判
慈眼日純  在判


賀札
ひそかに満山一統の誓書を視るに誠にこれ宗義の珍玉、門流の至宝何事かこれに如かんや。
ほとんど捨邪帰正の聖意に契いはた異体同心の祖懐に徹す。
この事は生死の大海を渡るの固船、寂光の宝所に到るの良車なり。
これまた報恩の至極に非ずや。
祖師先徳いかばかり歓喜の笑みを含み給わん。
それ不受不施両條の制法は宗旨建立の大節当家弘通の喉衿なり。
一も欠けては不可なり。
譬えば鳥の双翼の如くまた車の両輪に同じ。
もし其の一を欠かばいかでか物の用に堪えんや。
先師先哲水火の責めを恐れざる意ここに在り。
もしこれに背かば起罪の因縁、堕獄の根源なり。
誰か慎まざるべけんや。

ここに当時一結の諸徳近年宗義制法の廃頽を悲しみ各々談話を遂げ後代不易の式法を定む。
これ令法久住の善巧、門流繁栄の洪基大幸なるものか。
前代未聞の唱え豈に遠くいにしえに譲らんや。
言いつべし、千歳に一遇うと。
ただ当時を益するのみに非ず、また沈溺を無●に済わん。
奇なるかなこの書を開けば崑崙山の玉求めざるに蔵に収め、大海の宝珠招かざるに掌に在り。
生々は替わると雖もこの慶び永く朽ちず。
世々は隔つと雖もこの悦びはついに失せず。
伏して請うこの誓約千代にも変わらず、万劫にも朽ちざらんことを。

然れば四大の身は土中に埋まると雖も精霊いかでか門葉の鎮栄を守らざらんや。
卑懐の丹精仏天定んで照覧し給わんか。
碧羅松頭に懸かって千尋を延べ、蒼蝿驥尾に付いて万里を飛ぶ。
これ自力に非ずと雖も勝縁にあうときは則ちかくの如き速疾の功有り。
予が自力劣なりと雖も法華の松頭に懸かり大聖の驥尾に付く。
いかでか願力を遂げざらんや。

阿育は閻浮第一の福人なり。
鬼神を使い龍王を随えて降雨心に任す。
その因業を尋ぬるに昔童子たりし時仏に土の餅を供養す。
故にこの微因に依って閻浮提の大王となって仏の為に八万四千の塔を造り、億千万両の金を以て鶏頭摩寺の僧に施す。
尼倶類樹は小因大果の木なり。
その樹高さ二十里、枝葉四方六十里に敷く。
菓を結ぶこと数千万斛、よく国土の民を養う。
かくの如きの大樹なりと雖もその種を尋ぬれば最少なること芥子を三分にして其の一なるが如し。
世法の浅事かくの如きの難思有り。
何にいわんや仏法甚深の妙力に於いてをや。

婆羅門城の外道は仏を怨むこと甚深なり。
仏御鉢を空しゅうして帰り給うを見て一人の老婢漿を以て仏に献ず。
微薄の供養と雖も仏その志をあわれみその功徳広大なることを説き給うなり。
外道これを聞けどもすべて信ぜずして還って仏を大妄語の人と毀る。
ここに於いて仏御舌を出し面を覆い髪際に付け尼倶類樹の喩えを説き給う。
外道たちまちに信伏随従して深く仏語を信じ外道の邪見を捨て立ちどころに仏弟子となる。
また船力の不思議眼前の境界なり。
よく磐石を載せて遠く大海を渡し速やかに彼岸につく。
我等が身煩悩悪業の重きこと彼の大石に似たりと雖も大乗の法華の船に乗るときは必ず娑婆憂患の海を渡って寂光の彼岸に到ること何の疑いか有らんや。
故に経に「如渡得船」と。
云云。

法華を持つ者はかくの如きの慶びあり。
信ずべし、貴むべし。
故に敗種の二乗、五逆の達多、愚痴の龍女、生盲の闡提皆この経に於いて本有の覚蔵を開き成仏の本懐を遂ぐ。
かくの如き誠諦の金言希有の奇特を聞けば歓喜の涙双眼に浮かび感歎肝に銘ず。
もしこの連署を世間に流布せばたとい無顧の悪人たりと雖もいかでか信仰の寸心を傾けざらんや。
この判形に加わる住侶は同じく一仏浄土の縁を結び不退の快楽を得ん。
豈に大善利の慶びを獲るに非ずや。
珍悦珍悦幸甚幸甚謹言。

于時元和九年癸亥極月二十八日
五十九歳記之
日奥  在御判

当寺宗徒御中

諸末寺一統の誓書
日奥聖人対馬より御還住の後諸堂の修理以下相調い、殊に庫裏客殿御造畢の上万部御興行の段誠に御法力の故と存じ奉り候。
ことさら諸末寺より一同に本寺の御法理を仰ぎ奉るべく候。
向後万一本寺御貫首法理御相違の義これ有るに於いては恐れながら諸末寺一同に棄捨し奉るべく候。
これ偏に開山以来本寺御法水ついに一点の誤り無き由伝え承り有り難く存じ候間この儀永代相違せざる様念願し奉り候。
なかんづく関東三箇寺等へ参詣致し候と雖も法理御違背の貫首これ有る寺に於いては堅く参詣相留むべく候。
右の條々違犯の輩に於いては法華経中三宝諸天別しては高祖日蓮大菩薩日朗日像並びに代々先師の御罰一身に相蒙るべく候。
よって一統の状くだんの如し。
一諸門流禁断謗施の法度厳密なり。繁き故にこれを略す。

啓運鈔抜書
一、序品、各供養其仏の下にいわく、記にいわく、次の一行は諸趣の供養を明かす。
供養と言うと雖も意機成することを表す。
已上
これを以て宗義を心得るに謗法供養をば受くべからざる事なり。
云云。

一、安楽行品初めにいわく、疏にいわく、受有れば即ち苦有り。
已上
宗義に約して言わば、謗施を受けざるはこの心なり。
云云。

一、湧出品、不染世間法の下にいわく、御義にいわく、国王大臣より所領を給わり官位を給うともそれには染せられず謗法供養を受けざるを以て不染世間法とは言うなり。
云云。

一、慈悲行の下にいわく、高祖謗法の大施を受け給わざること。
疏にいわく、違従ともに寂なり。
云云。
宗義に約して言わば聖人東條と龍口とに於いて違境を受けその心寂にしてこれを忍び給うなり。
また佐渡御赦免の後平金吾に対面し申してのたまわく○これ従の境に寂する心なり。
云云。

一、寿量品、病尽除愈の下にいわく、御義にいわく、法華の行者南無妙法蓮華経と唱え奉る者は謗法供養を受けざれば貪欲の病を治するなり。
云云。
私いわく、合譬集(日朝御作)、助顕鈔(日現御作)等禁断謗施の義また委悉なり枚挙するにいとまあらず。

御願文並びに御心記
一、日蓮大菩薩の御立行深く信受し奉る義仏意に相叶わば大仏改易の願望必ず成就せしめん。
文禄二癸巳九月中にこの験見せたまえ。
          在判

二十五日夜大地震動す。
翌朝に右の誓願かと疑い思って鬮を取るに霊験新たに覚ゆ。
私いわく、奥聖本門の釈尊を歎じたまえる書にいわく、所詮寿量の一品の一代諸経の魂魄となるはこれなり。
云云。

一、果報の目出度きも果報の拙きも只心操の高下に依る事なれば神仏にも余の事をば祈るべからず。
唯慈悲道心の深き事を祈るべしと言う事なり。
唯心操優しく末代までの語り伝えにもなる程の心持ちを持たせ給えと祈るべし。
万の願満この中に在るべし。
たとい祈ると雖も宿因のなき果報は更に来たるべからず。
心操優しき振る舞いは貧賎の人の中になお骨髄に徹する事あって長き世語りとも成り、末代の人の鏡と成る事も有り。
然れば宿種あるは有につけ無きは無に付けて唯心操優しく持たば宿福の無きは出で来たり有るはいよいよ増長すべし。
皆人本を祈らずして末を願い祈る事愚痴の至り仏神の御照覧も恥ずかしき事なり。
然ればせわせわと余の祈精無益なり。
只心操世に比類無き事を祈るべし。
いかでか仏神も哀憐納受を垂れ給わざらんや。

慶長十二年丁未盛夏二十三日

一、一心敬礼南無上行大菩薩。
三月二十二日より同二十八日まで十七日の祈念所詮大慈大悲の大道念に住し妙法不思議の大神力に依り堅強の大勢力を出し天下の謗法を止めて日紹日重日乾等の大邪見を砕破し、宗旨の立義を前々の如く立て直し諸天善神の御加被力を蒙って国主を正法に引入し、一天四海皆帰妙法の弘願を成就せしめ給え。
くれぐれ日奥に大正心の道念を与え給いていささかも人情を起こさしめ給うべからず。
これ深くたのみを懸け奉る処なり。

慶長十二年丁未三月二十八日午刻

私いわく、これは血筆にて遊ばされ候。
御志誠に厳重捨身の一分なり。

敬白妙覚寺高祖大菩薩御宝前
一、当年今日殊に深く御加被力を仰ぎ奉る。
唯仏法に於いて深重の信心を生ぜしめ給え。
万端を抛って信の一字を祈り奉り行住坐臥寤寐間も信の一字を忘却せず、世間出世只信の一字に安住すべし。
予一期一切の才覚を止め信の一字を以て万行に代うべき者なり。

一、来年より自の財銀八百目の外は皆ことごとく高祖様へ進上致すべし。
もし人借用せしめば一割の利を取り進上致すべく依怙つかまつるべからず候。
衣類も八の外は高祖様へ進上すべく候。
もし人に遣わし候わば高祖様より下され候と申し候て遣わすべく候。
右の貯え天下の謗法を止め一度門徒和合の心懸けなり。
これ高祖様殊には像師様の御本懐たるべしと存じ心底にかくの如く内用意をつかまつり候。
この御物の預かり奉行は毘沙門天王に定め奉り候。
令百由旬内無諸衰患の御誓いを頼み奉る者なり。
所詮三宝諸天御加護を成され候て大いに仏法の御用に立てしめ給え。
色心堅固無病無夭にして所願成弁せしめ給え。

慶長十年極月二十三日         在判

一、智者が法華経の命なりとあるはげにもと覚ゆるなり。
智者がこの経の謂われを説き弘むるに依って法命相続するなり。
弘むる智者が無くば法華経の殊勝なる事も埋もれて果つべきなり。
さる程に法華を学する智者を多く仕立つるが功徳の根本と覚ゆるなり。
殊に当時は当家の学者断絶たり。
一つ談所を取り立て門家の者を取り入れ当家の法門を習学せしめたらばそのなかに器量の者数多出来て仏法の用に立つ者数多あるべし。
左あらば法華経の法命永く相続すべし。
法華経は一切諸仏の命根なり。
これをよく養い奉れば三世の諸仏の御命を継ぎ奉る功徳なり。
世間にも命を助くるを第一の善とす。
わずかの生類の命をさえこれを助くるは大功徳なり。
いわんや諸仏の命根を継ぎまた一切衆生仏性の命を養て立つる、これに過ぎたる最上の功徳は有るべからず。
予願わくば大願主と成ってよく霊地を見立て談所を結んで志の諸生を取り入れ皆々に学問を勧めてこれを予が仏になる要因とせん。
慶長十一年丙午極月三日の朝願を発すなり。
この義成就せば門徒和合も調おり本門戒壇も成就すべし。
これに三宝諸天殊に高祖大士毘沙門天王擁護を加え給え。
この事深く隠密して鷲山にも語るべからず。
堅く密め自然とその方へ事を成すべし。
能化にはまず慧雄を仕立つべきなり。

私いわく、誠に心肝に銘ずる御心底感涙押さえ難し。
玄記符契これまた権化の一端。
云爾